「オーストリア共和国」シルクロードを放浪した2006年の旅行記

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ウィーン(2006/07/12)

朝、ペンションのお爺さんが起こしにきた。にこにこしながら、僕らの荷物まとめや身支度を見ている。悪い気はしないけど、見つめられると気になる。こちらでも、ニュースになったのか、北朝鮮のテポドン発射の事を知っていて、『大変だね~』などと言っていた。
列車の発車時刻近くになったので、宿を出る。お爺さんは、僕らが見えなくなるまで、手を振って見送ってくれた。

オーストリアのウィーンまでは4時間かけて、正午に到着した。途中、国境で入国審査があったが、乗ってきた審査官にパスポートをちょろっと見せるだけで済んでしまった。入国スタンプを押してくれないのはやっぱり寂しい。

計画としては、ウィーンを今日中に観光して、夜行でこの街を出て行きたい。何故なら、ウィーンは中欧諸国と比べ物にならないくらい物価が高いからだ。少しでも出費を減らしたい。まずは、バスステーションに行き、次の目的地であるスロヴェニアのリブリャーナ行きのバスが出ているか探してみる。しかし、見つからない。窓口で聞いてみると、リブリャーナに行くバスは無く、電車ならあるそうだ。それならと、駅の窓口に行き、リブリャーナ行きを聞いてみると、あるにはあるが、夜行の電車は無く、昼出発のみとのこと。それではウィーン観光をする暇がなくなってしまう。
物価の高いウィーンに泊まりたくはなかったが、観光しないで去って行くのは本末転倒だ。涙を呑んで1泊することにした。やはり噂に違わずウィーンは物価が高かった。ユースホステルでも高い!ドミトリーで1人12.5ユーロ(1,850円)だ。食事やジュース代、観光入場料も馬鹿みたいに高い。両替した100ユーロが1日で無くなってしまった。

ウィーンの街は、モーツァルトゆかりの地ということで、モーツァルトグッツで溢れかえっている。モーツァルトチョコや人形、バイオリンのキーホルダーとか。童顔のモーツァルトの肖像画をプリントしたものが多い。中でも、肖像画を変形させて、口を開けてチョコを食ってるモーツァルトがあったり笑える。明日は、午前中に世界遺産のシェーンブルン宮殿を見に行き、午後にウィーンを出て行こうと思う。

ウィーンを観光(2006/07/13)

早朝に起きる。さっさとウィーンを観光して午後にはここを離れるつもりだからだ。まずは、観光のメインであるシェーンブルン宮殿に行く。ここは18世紀、ハプスブルク帝国の女帝マリア・テレジアによって建造されたもの。宮殿の部屋数は1,441室もあり、バロック様式の華麗な装飾に彩られている。フランスのヴェルサイユ宮殿と並び称されるヨーロッパ随一の大宮殿だ。

チェックアウトして、駅に荷物を預けて地下鉄でシェーンブルン宮殿へ。午前の早い時間なので、まだ人は少ない。宮殿の規模としてはフランスのヴェルサイユ宮殿に負けず劣らず。宮殿内からは広大な敷地の庭園が一望できる。さらには、フランス革命で断頭台に消えたマリー・アントワネットやヨーロッパ随一の美貌を誇ったといわれる皇后エリザベート、モーツァルトが6歳の時に女帝マリア・テレジアの前でバイオリン演奏した部屋などあり、ハプスブルク家にからんだ歴史を垣間見ることが出来て非常に興味深い。なにより、日本語ガイドのレコーダを渡してもらえるので、わかりやすかった。これだけでオーストリアに来た甲斐があった。

シェーンブルン宮殿ウィーンウィーン南駅に行き、午後出発のスロヴェニアの首都リブリャーナ行きの切符を買う為に窓口に行く。窓口で値段を聞いてみると、なんと65ユーロ(9,600円)もするではないか。ここで所持金が本当に残り少なくなっているリーから、ちょっと待ったがかかった。鉄道の料金はバスの倍額くらいになっている。これはたしかに高い。
なんとかトルコまではたどり着きたいリーの事を考えると、もっと行く場所を選定しなければならない。30分程の討論の結果、スロヴェニアは諦めて、とばしてクロアチアまで行ってしまうという事になった。クロアチアになら、バスがここから出ているので安く済む。結局、クロアチアの首都ザグレブまでのバスの切符を購入。料金は29ユーロ(4,300円)。ウィーンからの距離を考えると、スロヴェニアのリブリャーナまで鉄道で行く場合と比べて、2倍ほどの移動距離になるのに、料金は半額以下だ。やはりバスの方が格段に安い。しかしザグレブ自体に行きたい訳ではない。ウィーンに夕方18時に出て、ザグレブに到着するのは深夜0時だ。そこから、アドリア海の真珠と言われるクロアチアの最南端に位置する"ドブロブニク Dubrovnik"に行く深夜バスがあれば飛び乗るということになった。はっきりいって、その場の成り行き任せである。